【市長に聞く】欠点を個性に。発想の転換で独自性を打ち出す~長野県東御市~
2022-09-14 08:00:00
花岡利夫市長

長野県東部にある東御(とうみ)市は、標高1,750mにある湯の丸高原に高地トレーニング施設を整備し、世界の頂点を目指すアスリートを支援しています。施設整備にあたっては企業版ふるさと納税などを活用し、完成後は競泳や陸上の選手を中心に多くのトップアスリートたちが合宿などに利用しています。平地の少ないまちという欠点を、標高差のある高地トレーニングの適地という個性に変えて独自のまちづくりを進める市の取り組みについて、花岡利夫市長(=写真)にお話しいただきました。

自然と歴史に彩られたまち。標高差を活用したまちづくりへの取り組み

東御市の様子
東御市は、千曲川と鹿曲川の清流が織りなす豊かな風土と歴史に恵まれたまちです。北は浅間連山、南には蓼科や八ヶ岳連峰の雄大な山並みを望み、まち全体が標高差のあるなだらかな傾斜地になっています。水はけのよい土壌、冷涼な気候、少ない降水量といったブドウ栽培の好条件が揃っていることから、「千曲川ワインバレー」の一角をなし、市内では12軒のワイナリーがワイン醸造を行っています。

市の北部にかかる上信越高原国立公園の湯の丸高原は、レンゲツツジの大群落やコマクサ、アヤメなど高山植物の宝庫で、「花高原」として親しまれています。江戸時代の面影を残す北国街道海野宿は「重要伝統的建造物群保存地区」にも選定されており、主要な観光地のひとつとして多くの旅行客を迎えています。

このように、自然と歴史が共存する風光明媚なまちですが、平地が少ないことはまちの欠点として捉えられていました。「地方創生で大切なのは、まちの欠点を小さくして長所を伸ばすこと。標高差のあるまちの特徴を活かすために思いついたのがワイン醸造でした」と花岡市長は話します。2008年、市長就任からわずか7カ月で、県内初となるワイン特区を取得しました。そしてもうひとつ、標高差を活かせるものとして思いついたのが高地トレーニング場でした。

紆余曲折を経て施設が完成。まちの未来を担う重要拠点に

高地トレーニング施設
湯の丸高原にトレーニング施設をつくるという構想が具体性を帯びたのは、東京2020オリンピック・パラリンピックの開催が決まった年でした。かねてから水泳の高地トレーニング施設を探していた日本水泳連盟が視察に訪れ、ここに競泳用プールをつくることが決まりました。決め手となったのは1,750mという標高だったといいます。「高地トレーニングは血液中の酸素を体内に運ぶ能力を高めるために行いますが、標高が2,000mを超えると高度順化できない人もいます。湯の丸高原の標高は個人差が出ないギリギリのラインということで、誰もが高地トレーニングを行うことができます。また、すぐに低地に移動できるのも評価のポイントになりました。まさに標高差が長所として認識されたことになります」と花岡市長。

ところが、当初は国が主導で施設整備を行うことを想定していたものの、国としての整備の見通しが立たない状況が続き、国に頼らず自前で整備を進めることになりました。巨額の建設費や建設後のランニングコストは企業版ふるさと納税をはじめとする寄付を財源にすることで議会や市民からの同意を取り付け、施設の建設がスタートしました。「オリンピックに間に合わせたいという思いもあり、見切り発車的な部分もありました」と花岡市長は振り返ります。その後、予算に組み入れていた補助金が入らないなど想定外のトラブルに見舞われ、寄付だけでは賄いきれなかったため総事業費13億円のうち約7億円の借り入れを行ったといいます。「その後の皆様からの寄付や、ランニングコストが想定よりも低く抑えられたこともあり、あと2年ほどで借入金を全額返済できる目処が立ちました」。

施設の完成でアスリートの活躍を後押し。地元への貢献で市民の理解も広がる

トレーニングをする人たちの様子
こうして完成した「GMOアスリーツパーク湯の丸」は、日本一の高所にある全天候型400mトラックや国内唯一の高地トレーニング用屋内プールに加え、宿泊所や室内トレーニング場、食堂などを備えています。東京2020オリンピック・パラリンピックにおいては、多くの陸上・競泳の選手がここで合宿を行い、その活躍を後押ししました。

2021年度には、延べ約1万2,000人のアスリートなどを受け入れており、施設利用料などを含めた経済効果は約5億円と試算されています。トップアスリートだけでなく、学生や一般アスリートにも門戸が開かれており、交流人口の拡大にも多大な貢献をしているといえます。また、財源の目処が立ったことで、根強く反対の声を上げていた市民からの理解も得られるようになってきたといいます。

プールは、合宿の選手たちが利用しない午後の時間帯には一般の人に開放されており、市民が気軽に利用しています。また、このプールで水泳を練習した子どもたちが県大会で活躍することも増えるなど、経済効果だけでない地元への貢献も見られるようになっています。

「湯の丸」を高地トレーニングの聖地に。すべてのアスリートの活躍を後押ししたい

陸上トラックの様子
これまで、高地トレ-ニングは海外で行うのが一般的だったため、この施設は多くのアスリートが長く待ち望んでいたものでした。実際にここで合宿した選手からは、移動の負担が少ないことや安全面・食事面での安心感など、高い評価を得ています。高地であるため真夏の気温も低くて快適なので、長距離の陸上選手からも好評を得ているといいます。

「最近では、トライアスロンの選手たちからも注目されており、高地トレーニングで筋肉の肥大化が期待されるため格闘技系の団体や持久力が必要な種目のコーチからの問合せも増えています」と花岡市長。

「いま不足しているのが宿泊施設です。宿泊施設が増えれば、一般のアスリートの皆さんなど、より多くの人に利用していただけるようになります。近隣の自治体との連携も始まっており、ゆくゆくは湯の丸を高地トレーニングの聖地にしたいですね」と花岡市長は話します。

「坂ばかりのまち。それをずっと欠点だと思ってきましたが、それを個性だと気づいたときに新しい発見がありました。これからも、まちの個性であり魅力でもある標高差を活用できることがないか、模索しつづけます」。

欠点を個性に。発想の転換から新しい発見を得て、大きな推進力をもって市を牽引する花岡市長。夢は膨らむばかりです。
(日下智幸)

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