「自らの手で地域をつくる」。高地トレーニング施設を自前で整備した長野県東御市、スポーツを核とした地方創生へ
2022-01-21 08:00:00
ランナーとコミュニケーションをとる子供たち

長野県東御(とうみ)市と群馬県嬬恋村にまたがる湯の丸高原は、トレッキングやスキーを楽しむ人でかつては年間約75万人が訪れる観光地でしたが、近年は約52万人まで来訪者数が減少しています。市は、湯の丸高原のかつての賑わいを取り戻すため、高地トレーニングに特化した合宿施設「GMOアスリーツパーク湯の丸」を独自に整備。当施設は東京2020オリンピック・パラリンピックの代表選手のトレーニングに活用されるなど、地域の新たな顔となっています。

時代の移り変わりとともに低迷していた高原リゾートを、これまでとは違う角度から見つめ直して新たな価値を創出した東御市ですが、ここに至るまでには大きな決断とその後の困難がありました。

低迷する高原リゾート再生に新たな価値を

湯の丸高原は、トレッキングやスキーを楽しむ観光客で賑わい、かつては年間約75万人が訪れる東御市最大の観光地でした。しかし、時代の移り変わりとともにスキー人気が低迷したこと、旅行スタイルの変化で団体客が減少したことで、2010年の来訪者数は約52万人にまで落ち込みました。

市の観光の要である湯の丸高原の低迷は、地域経済にも影を落としていました。「湯の丸高原にかつての賑わいを取り戻すためには、これまでにない新たな価値を見いだす必要がありました」。東御市文化・スポーツ振興課の掛川一郎さんは、地方創生という政策のなかで、東御市固有の価値を見つめ直す必要性があったと振り返ります。

絶妙な「標高」を生かした地域再生へ動き出す

湯の丸高原の再生に向けて模索を続けるなかで有力なアイデアとなったのは、「高地トレーニングの合宿地」として地域を盛り上げることでした。

高地トレーニングは、高地の低酸素状態でトレーニングを行うことで選手の持久力を高める目的で行われますが、高度が高すぎると順応しきれない場合も出てくるため、適地は限られます。その点で湯の丸高原は、標高(約1750m)が順応の問題が起きにくいギリギリの高さだったことが、高地トレーニング施設をつくる条件としては最適でした。

また、東御市の市街地にも近く、約1500mの標高差を車で20~30分で行き来できる湯の丸高原の立地は、高地で宿泊して練習はやや低い標高で行う「リビングハイ・トレーニングロー」の練習法を取り入れるのにも最適でした。

市は、湯の丸高原固有の「標高」を武器に、日本水泳連盟とも協力して高地トレーニング施設の誘致に向けて動き出します。

「自らの手で地域のこれからをつくる」。誘致から自前の整備へ

ところが、高地トレーニング施設の整備に向けた誘致活動は、思うようには進みませんでした。国としての整備の見通しが立たないなかで、東御市は大きな決断をします。それは、建設資金を企業の寄付やふるさと納税などに求め、施設の整備を自前で進めるというものでした。

「正直、ここでストップしませんかと思ったこともありました」と、当時のことを振り返る掛川さん。巨額の建設費や、建設後のランニングコストを本当に自前で賄えるのか。そもそもアスリートの育成は国が主導すべきものではないか。市民や議会からの懸念も大きくなるなかで、本当にできるのか見通しが立たず不安を抱えていたといいます。

最終判断を行ったのは市長でした。トップの判断のもと、自らの手で地域のこれからをつくることを選択した東御市。その後、市長と職員が寄付集めに奔走し、何とか施設建設に漕ぎ着けます。

高地トレーニング施設の完成でメダル獲得を後押し

こうして、GMOアスリーツパーク湯の丸(湯の丸高原スポーツ交流施設)は、標高1730メートル~1750mのエリアで陸上や水泳の高地トレーニングができる施設としてスタートしました。全天候型のトラックやトレイルランニングコースのほかに、日本で唯一高地トレーニングができる競泳用プールを有し、宿泊施設や食堂も備えています。施設は東京2020オリンピック・パラリンピックに向けて、水泳の大橋悠依選手をはじめとするトップアスリートたちが利用し、日本のメダル獲得に貢献しました。

しかし、華々しい成果の一方で、多くの課題も残されています。建設費は全額寄付で賄うことができず、借り入れが必要になりました。また、実際にスタートしてみると、設備の使い勝手などで選手やコーチから改善の要望も寄せられています。市民のなかにも、国がやることをなぜ市がやるのかという声も依然として根強いといいます。
ランニングコート スイミングプール トレーニングマシン

地域と向き合う一貫した姿勢で目指す地方創生

この事業の推進には多くの課題があります。それでも事業を推進する背景には、自分たちの地域課題を自分たちの手で解決し、湯の丸高原を起点に東御市の新たな価値を創出しようとする市の一貫した姿勢がありました。

こうした姿勢が実を結び、当初の目的だった交流人口拡大への成果も見え始め、減少傾向だった湯の丸高原の来訪者数は上向きに転じています。「東御」という地名はスポーツ関係者の間で広く知られるようになっており、今後、周辺自治体とも協力したスポーツツーリズムの展開や、アスリートと市民との交流なども計画されています。また、そうした情報を積極的に発信したり、市民の健康増進や体づくりにつながるよう施設を市民に開放したりするなかで、市民の理解も少しずつ広がってきているそうです。

東御市の地方創生は、まだ走り出したばかり。地域固有の価値を信じ抜いた先に描かれた未来は、課題を抱えながらも可能性にあふれています。
(イーストタイムズ 山崎孝一郎)
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