目指すのは「市民のためになる」スマートシティ。熊本県荒尾市の先駆的取り組み
2022-01-26 08:00:00
黄色い車

熊本県荒尾市は、AIが効率的な相乗りルートを割り出す相乗りタクシー事業を、全国で初めて市全域の公共交通機関として実現しました。市は、デジタル技術によって行政サービスの効率化を図り、人口が減っていくなかで市民の生活レベルを維持・向上させる取り組みとして、スマートシティ構想を推進。そうした取り組みはスマートシティの先行モデルプロジェクトとして国にも選ばれています。

交通、ヘルスケア、エネルギーなど、まちの根幹を成す重要なシステムが複雑に重なり合っている荒尾市のスマートシティ構想。多くの事業者が関わるなかで、なぜ荒尾市はこれほどスムーズに取り組みを進めることができるのでしょうか。市総合政策課の宮本賢一さんに話をお聞きしました。

全国で初めて、AI配車の相乗りタクシーを市内全域で実現

カーナビ
AIが効率的な相乗りルートを割り出す相乗りタクシー事業「愛称:おもやい(OMOYAI)タクシー」が、2020年10月に熊本県荒尾市で本格運用を開始しました。複数の利用者を効率よく乗せられるようにAIがコースをリアルタイムかつ自動で割り出す仕組みで、利用者はスマートフォンや電話で予約できるオンデマンド型の新たな公共交通です。

路線バスの不採算路線の一部を相乗りタクシーにすることで、タクシー事業の需要増にもつながり、市民、バス会社、タクシー会社、市の4者の課題解決を目指すこの事業。市内全域での運用は全国初で、先駆的な事業として注目を集めています。

地域課題を解決する「手段」としてのスマートシティ

都市住宅街イメージイラスト
こうしたスマートシティ化の取り組みに荒尾市が乗り出した背景には、あらゆる地方が抱える高齢化と人口減少の課題があります。

荒尾市の高齢化率は現在全国平均よりも少し高い約35%。今後、高齢者が多くなり医療費が増大する一方で、行政の財源や職員は減っていくと思われます。「行政サービスの質を落とさず、市民生活を守っていくには、デジタル化は必要不可欠でした」と宮本さんは、市の切迫した状況を語ります。

荒尾市のスマートシティ構想は、国の政策的な後押しを背景として始まったのではなく、あくまで地域課題を解決する手段として検討されたものだったのです。

「市民のためになるか」。ブレない基準で関係者と信頼醸成

モニターの前に立つ男性
荒尾市では、AI配車の相乗りタクシーのほかに、鏡の前に立つだけで健康状態がわかる「ウェルビーイングミラー」の実証実験を実施。この事業は相乗りタクシー事業などと併せて、「荒尾ウェルビーイングスマートシティ」として国土交通省の「スマートシティ先行モデルプロジェクト」に選ばれました。スマートシティのプロジェクトを進めるほかの自治体にとって手本となる事例となりました。

交通、ヘルスケア、エネルギーなど、まちの根幹を成す重要なシステムが複雑に重なり合っている荒尾市のスマートシティ構想。多くの事業者が関わるなかで、なぜこれほどスムーズに取り組みを進められるのでしょうか。

「私たち市職員が物事に取り組む際の判断基準は、『荒尾市で暮らす人たちにとって良いかどうか』ということ以外になくて、それがブレないから地域の方々(住民や事業者)と信頼関係を築けているんだと思います」。判断基準がブレなければ、取り組みの成功、失敗に関わらず地域の人は認めてくれると宮本さんは話します。そうして培われた信頼関係が、取り組みの根底にあるべき住民ニーズの理解にもつながっているといいます。

信頼の先に浮かび上がる住民ニーズをもとにスマートシティ実現へ

再開発予定地の空撮
市は現在、AI配車の相乗りタクシーをはじめとする「モビリティ」分野、ウェルビーイングミラーをはじめとする「ヘルスケア」分野のほかにも、「エネルギー」、「データ利活用」、「防災・見守り」を合わせた5分野でスマートシティ化を推進。南新地地区の広大な競馬場跡地を再開発し、イノベーションを生活の場で実践する「南新地地区ウェルネス拠点」として運営していく予定です。

宮本さんは、スマートシティを電子レンジに例えてこう言います。「仕組みは(ほとんどの人が)わかっていないけど、便利というだけで誰もが当たり前に使っている。スマートシティもそうあるべきだと思っています。簡単に言うと、市民の皆さんの生活を快適に変えていく取り組みだと思っています」。

先端技術を駆使した都市構想はまるで未来を思わせますが、そうした未来に目を向ける眼差しの根底には、地域とのつながりのなかで目の前にいる住民のニーズに耳を傾ける市の姿勢がありました。
(森川淳元)

【熊本県・荒尾市】南新地地区(旧競馬場跡他)整備事業およびスマートシティ推進事業