演劇のまちづくりで、自分らしい生き方を見つけられるまちへ。兵庫県豊岡市
2022-01-17 08:00:00
建物の前で談笑する人々

兵庫県豊岡市は、全国的にも珍しい、演劇を活かしたまちづくりを進めています。演劇をまちづくりに取り入れたのは、単に観客を呼ぶためや、市民に芸術を鑑賞してもらうためだけではありません。市民に様々な形で演劇にふれてもらうことで、共感力や多様性への理解を育み「自分らしい生き方を見つけられるまち」をつくることが狙いです。豊岡市も全国の地方都市と同様に、人口は流出傾向にあります。多様性を認め合い、自分らしい生き方を見つけられるまちとして、若者が戻ってきたくなるまちを目指す担当者の話を聞きました。
(写真=『街角の恋人~湯けむりサーカス編~』 撮影協力:日高神鍋観光協会)

ほかにはない突き抜けた価値として「演劇」に着目

KIAC外観(c)Madoka Nishiyama
KIAC外観(c)Madoka Nishiyama
豊岡市は、温泉地で有名な城崎を抱え、多くの観光客が訪れますが、人口の減少傾向が続いています。市は、ほかにはない突き抜けた価値がまちに必要だと考え、劇作家・演出家の平田オリザさんとの交流をきっかけに、演劇を活かしたまちづくりを始めました。
本格的なスタートは、2014年の「アーティスト・イン・レジデンス」の取り組みでした。アーティスト・イン・レジデンスとは、アーティストが一定期間地域に滞在し、芸術創造活動を行う事業です。滞在するアーティストは、ホールやスタジオなどの舞台芸術の環境を整えた「城崎国際アートセンター(KIAC)」をいつでも自由に使用することができます。また、城崎国際アートセンターには市民が自由に出入りできるようにし、試演会やワークショップなど、一流アーティストと市民との交流が生まれました。

「自由で、正解のない生き方」に気づける。演劇の力に感じた手応え

輪になって万歳している様子
演劇によるまちづくりを進めるなかで、市の担当者は、演劇の力に直接ふれることで、確かな手応えを感じていました。市の大交流課観光文化戦略室の木村さんもその一人です。最初は「いきなり演劇をやれと言われても」と、戸惑ったそうです。「演劇やコンテンポラリーダンスを観ても、モヤモヤとしたものを感じていました。ただ、実際に演劇のために豊岡に移住してくる劇団員の方や、アーティストの方々の話を聞いて『自由で、正解のない生き方』に気づきました。自分が正解だと信じていた生き方以外の、多様な考え方を自然と受け入れるようになったのです」と語ります。
同室の中田さんも「演劇とふれることで、身近な人とのコミュニケーションの仕方が変わりました。同じ仕事をしていても、違ったアプローチをすることは当たり前。それらを受け止めて同じゴールに向かっていこうと思えるようになりました」と実感を込めます。

演劇の手法であらゆる社会課題の解決へ 

商店街に並ぶアーケードバナー
アーケードバナー (c)三浦雨林
アートセンターを拠点とした演劇文化が少しずつ実を結び始めると、演劇をアートセンターからまち全体へと広げようという取り組みにも着手します。その代表が、2020年の「豊岡演劇祭」です。会場は、まちなかにある温泉街の小路や江原駅前など。市民にとってはありふれた場所で演劇やダンスが上演されました。演劇と日常との境界線を感じさせない演出は、ジェンダーや世代間における様々な格差、分断といった社会課題を解決する糸口を模索する現場となりました。
さらに、2021年4月には、国内で初めての演劇やダンスが本格的に学べる公立大学「芸術文化観光専門職大学」が開学しました。大学では高校生を対象にしたワークショップも行われています。ワークショップに参加して、クラスメイトとの接し方が変わったと話す生徒もいれば、「生徒たちへの接し方の参考になった。仕事に前向きになれた」と話す特別支援学校の教員の方もいるそうです。
演劇を教育の場に取り入れた背景には、貧困問題への課題意識もあるといいます。木村さんは、「親から子への貧困の連鎖を食い止め、学力向上を図るには、コミュニケーション能力や創造性といった非認知能力の向上が有効だといわれています。資金援助などでは、制度の隙間からこぼれ落ちてしまう人もいますが、演劇からのアプローチであれば、どんな子も取りこぼすことなく支援できると思いました」と語ります。

多様性を認め合うことこそ公平。自分らしく生きられるまちに

笑顔で会話する子供たち
演劇文化はまちに幅広く浸透しつつあり、演劇の手法は市や地元企業の研修にも取り入れられるようになりました。自らも研修を受けているという中田さんは、価値観が少しずつ変わってきたと感じています。「それぞれの個性を理解し活かして一つのものを作るという手法にふれて、人生いろいろでおもしろいと感じるようになりました。それはまちづくりにも共通すると思います」と話します。「演劇のまちづくりとは、ただ単に演劇が盛んだということだけではなく、演劇を通して人間性を育んでいくということだと思います」。

世の中には十人十色様々な人がいます。それぞれの人にはその人らしい生き方があります。中田さんと木村さんのお話から、人を画一化することが公平なのではなく、多様性を認め合えることこそが公平なのだと気づかされます。自分らしく生きられるまちには、誰もが帰ってきたくなるはずです。
(菅原一杉)
【兵庫県・豊岡市】世界とつながる、深さをもった演劇のまちづくり