子どもたちが帰ってくるきっかけとなる原体験をまちなかに。新潟県新発田市 市出身実業家の別邸移築で駅前活性化へ
2021-12-24 08:00:00
蔵春閣(ぞうしゅんかく)

進学や就職で外へ出た若者の多くが戻ってこない、そんな人口流出傾向にある新潟県新発田市。市の中心部であるJR新発田駅前エリアは空洞化が進み、活気が失われています。

駅前エリアの活気を取り戻そうと、現在市は、地元出身で明治から大正にかけて活躍した実業家、大倉喜八郎の別邸「蔵春閣(ぞうしゅんかく)」をまちなかに移築する計画を進めています。

「子どもたちの原体験となる思い出をこのまちで育むことで、いつでも帰ってこられる、帰りたくなるまちになってほしい」。そう話すのは、駅前エリアの活性化に取り組む新発田市みらい創造課の齊藤俊祐さん。齊藤さんは移築を進める一方で、拠点となる別荘を持ってくるだけではまちづくりは充分ではないといいます。市は市民との対話のなかで蔵春閣の活用方法を検討。今後市民との協働で、蔵春閣を中心に人の流れを生み出すコンテンツを作ろうとしています。
(「蔵春閣」の写真は移築前のもの。撮影:写真家 岩﨑 和雄氏)

地元出身の実業家「大倉喜八郎」の別邸を移築

新発田市の人口はおよそ9万4000人(2021年11月時点)。中心部である新発田駅前は商店街が続いていますが、シャッターを下ろした店舗が多く衰退傾向にあります。新発田市はもともと城下町ということもあり、魅力的なスポットが点在しているものの、中心街の活性化には至っていません。「駅前活性化プロジェクトを通じて、点在するスポットを線でつないで、面的にまちを活性化したいと考えています」。齊藤さんは、プロジェクトの展望をそう語ります。

このプロジェクトの中核として位置づけられているのが、東京・向島にあった大倉喜八郎の別邸の一部を新発田駅に近い「東公園」に移築するというもの。建物の名は「蔵春閣」。明治45年(1925)築で、当時は迎賓館として使われていた建物です。所有していた(公財)大倉文化財団から寄贈を受け、移築が決まりました。
蔵春閣の室内 ダイニングテーブルと椅子 蔵春閣の室内 畳の間

関わる人が多くなるほど難しくなる決断にも、「ひるまず・立ち止まらず」

今回のプロジェクトには、民間企業や市民団体など、多くの人々が期待を寄せ、協力しています。まち全体にこのプロジェクトを成功させようという機運が高まっているのを感じるという齊藤さん。

しかし、それだけにプロジェクトに携わる緊張感もあるといいます。「このプロジェクトに対して皆様が、それぞれの情熱を抱いています。どこに移築するか、どんな使い方をするかなど様々なご意見をいただきました。最終的な決断を下すのは市になりますので、市民の皆様が納得できるようなものにしなければなりませんでした」。そう話す齊藤さんの顔には、悲壮感はありません。この大変さを楽しんでいるかのようです。

「ひるまず・立ち止まらず・難局を突破する」。喜八郎が残した「進一層」という言葉の精神は、齊藤さんをはじめとしたこのプロジェクトに関わる人たちに引き継がれているのかもしれません。
プロジェクト会議の様子

使い倒して初めて蔵春閣に息が吹き込まれる

齊藤さんをはじめ、市民のなかで大倉喜八郎はそこまで知られていないといいます。「でも、喜八郎のことを調べると驚きの連続でした」。彼が創業に携わったのは、帝国ホテル、大成建設、サッポロビールなど、日本を代表する企業の数々。喜八郎はNHK大河ドラマ『青天を衝け』にも登場しています。日本を動かした偉人の存在は地元の誇り。豪華絢爛な蔵春閣は、そうした誇りを実感できる場として価値があるものです。

しかし、「ただ持ってくるだけでは意味がない」と、齊藤さん。移築した蔵春閣をいかに市民の日常のなかに浸透させるかが重要だといいます。「市民の皆様には、この建物を使って使って使い倒してほしいと思います。使い倒すことで、この建物が市民の日常に溶け込んでいきます」。使い倒してもらうため、市は市民の意見を聞くワークショップを開き、地域の市民団体の協力を得て、蔵春閣の活用方法を検討しています。
プロジェクト議論中の様子 計画図案と付箋たち

子どもたちの原体験となる思い出が、帰ってくるきっかけに

齊藤さんは「このプロジェクトはまちの切り札になるくらい大きなものになると思っています」と強調します。このプロジェクトで齊藤さんが特に期待するのは、未来の子どもたちに、まちへの愛着をもたらすことです。「子どもたちには、蔵春閣でたくさんの思い出を作ってほしいと思います」。

子どものころの原体験となるような思い出があるまちは、まちを離れた人にとって故郷になります。故郷はその人にとって、いつ帰ってきてもいい場所であり、帰りたくなる場所でもあります。齊藤さんはこのプロジェクトを通じて、未来の子どもたちにとって、新発田市が帰る場所になってほしいと願っています。

2022年4月に移築は完了する予定です。明治の先人から未来のこどもたちへ、故郷のバトンが渡されようとしています。

【新潟県・新発田市】新発田市出身の実業家、大倉喜八郎の別邸を移築し駅前を活性化