映画づくりに挑む! 北海道白糠町「アイヌ民族をテーマにした映画・XR制作プロジェクト」の現在地
2022-08-29 08:00:00
アイヌ民族の様子

「アイヌ民族をテーマにした映画・XR制作プロジェクト 自然と共生する持続可能な地域社会の形成へ」に、北海道白糠町が挑んでいます。

多くの映画やドラマの製作がコロナ禍の影響を受け、中止や延期を余儀なくされるなか、プロジェクトはどこまで進んでいるか。また映画は、まちになにをもたらそうとしているのか。

それらを伺うべく、映画を活用して地域活性化を図ろうとする実行委員会事務局から、白糠町企画総務部企画財政課参事の柴田智広さん(地域再生計画・企業版ふるさと納税担当)、同企画総務部企画調整係長の清野圭司さん(ロケツーリズム推進担当)、同保健福祉部介護福祉課長の吉田昌司さん(映画制作協力担当)の3名と、企画・製作を担当する合同会社プロテカ代表・嘉山健一さんにお集まりいただき、オンライン座談会を行いました。

少しでも町のことを、白糠のアイヌ文化を知ってもらいたいという思いが伝わる、和気あいあいとしながらも熱い座談会になりました。

ふとしたきっかけで動き出した、映画製作プロジェクト

嘉山さん
映画をつくるという夢のあるプロジェクトは、フリーのマンガ編集者としても活躍する嘉山さん(=写真)の日常に起きたでき事に端を発していました。

「僕が長く通う東京・荻窪の『鳥もと』さんという居酒屋があります。ある日その鳥もとさんに行くと、白糠町のふるさと納税を紹介するパンフレットが置いてあり、そこではじめて、それまで食べていた料理が白糠町産の食材を使っていたことを知りました」。
居酒屋好きの間では名店の誉れ高い荻窪・鳥もとが使うことからも、白糠町産の食材の良さが伺えるエピソードです。
そしてこのあと嘉山さんと白糠町の関係は、居酒屋の、北海道出身の名物大将がカギを握って、大きく動き出すことになります。

「パンフレットにはマンガやイラストが少ないと感じたことを大将に伝えたところ、夜遅い時間にも関わらず、大将が白糠町の棚野町長に電話をかけてしまったのです。でも町長は快く電話に出ていただき、今度ぜひ町に遊びに来てくださいと、お誘いをいただきました。2019年の夏のことでした」。

電話を切って白糠町の場所を調べた嘉山さんは、白糠町が釧路市に隣接していることを知り、ある妙案が浮かんだそうです。
「じつは、その頃担当していたマンガ家が、毎年避暑で釧路市に行っていたのです。偶然にも、彼が数日後には釧路市に行く予定だということがわかり、釧路市での打ち合わせを兼ねて白糠町にお邪魔することにしました」。
町長への電話から10日も経たないうちに、白糠町を訪問していたといいます。

「白糠町ではアイヌ文化活動施設『ウレシパチセ』に案内していただき、町長やアイヌの方々からアイヌの歴史や文化について、いろいろなお話を伺いました。その文化に衝撃を受けたと同時に、日本に住みながら、なぜいままでなにも知らなかったのだろうかと考えさせられました」。

嘉山さんは、「こんなにもおいしいものがたくさんある白糠町のことをみんなに教えたい。アイヌの方々のことも、伝えなければならない」と感じたそうです。

居酒屋で白糠町の存在を知ってから2週間後には、町と嘉山さんがタッグを組む映画づくり構想が動き始めました。

ありのままのアイヌの生き方を描きたい

映画製作報道発表の様子
(写真)2020年2月に行われた、映画製作報道発表の様子

動き始めた映画づくりは、コロナ禍で中断した期間もありましたが「ちょうど半分を過ぎた」(嘉山さん)あたりまで進んだようです。

では、映画はどんな内容になるのか、嘉山さんに聞いてみました。
「シャクシャインの戦い(※)当時の、白糠周辺のアイヌの人々を描くフィクションです。ひと言でアイヌといっても、地域によって考え方や暮らしぶりが違います。映画では、シャクシャインが松前藩とバチバチやっていた主戦場ではなく、白糠周辺のアイヌの人々のありのままの姿に焦点を当て、アイヌの人もアイヌではない人も人間の本質は変わらないという当たり前の部分を描き、ステレオタイプのアイヌのイメージを払拭する作品にしたいのです」。

「アイヌの人たちは、自分たちの歴史や文化を口承で伝えてきたため、資料がほとんどない」という難しい状況のなか、できる限り史実に沿ったフィクションを目指し、監修にあたる専門家とともに地道な努力を進めているという映画づくり。ここでもうひとつ、嘉山さんは興味深いことを明かしてくれました。
「今回監督をお願いしている方が、NHKでタイムスクープハンターという番組を演出していた方ということで、基本的にタイムスクープハンターのような“ドキュメンタリー・ドラマ風”の作品をイメージしています」。

※シャクシャインの戦いーアイヌの一部族の首長シャクシャインが中心となって起こったとされる、江戸時代前期の寛文9年(1669)に起きたアイヌ民族の武装蜂起。部族間の争いから、松前藩との戦いに発展していったとされる。

すでに4,210万円集めるも、目標金額は5億円

ふるさと祭イチャルパ(先祖供養祭)の様子
(写真)毎年8月に行われるアイヌ三大祭のひとつ「ふるさと祭イチャルパ(先祖供養祭)」の様子

当初映画は2022年4月の公開を予定していました。コロナ禍での製作期間延長は予算に影響したか尋ねると、柴田さんは次のように答えてくれました。

「製作サイドから5億円必要といわれてきたので、当初からそれを目標にしています。ふるコネさんでは、2022年からプロジェクトを公開していますが、寄付自体は2020年11月から募っていて、いまのところ13社から4,210万円のありがたいご寄付をいただいております」。

嘉山さんは、企業版ふるさと納税を利用する側の感想を語ります。
「コロナ禍で多くの企業の企業業績が良くない状況になっていることは気になるところです。それと企業版ふるさと納税については、相当利益を上げている企業からの協力を得られないと、まとまった資金が集まらない仕組みになっているところは、思っていたものと違いました」。

この点については、柴田さんが、制度の仕組みを補足してくれます。
「寄付額の最大9割を損金算入と税額控除で(法人関係税を)軽減してもらうことで、実質は1割の企業負担で済む制度と捉えられていますが、実際に9割の(法人関係税)軽減措置を受けるためには、企業の税引前純利益の1~2%に相当する金額が寄付の目安になります。純利益が1,000万円の企業なら10万円から20万円の寄付ということで、我々も、利用してはじめて気づいた部分です」。

2016年創設当初は最大6割だった軽減措置が最大9割とされたのは、2020年4月の税制改正以降です。企業においても自治体においても、企業版ふるさと納税制度の上手な活用法を探ることが、今後の課題になってくるかもしれません。

アイデアが広がるベネフィット

「フンペ(鯨)祭イチャルパ」の様子
(写真)こちらもアイヌ三大祭に数えられる「フンペ(鯨)祭イチャルパ」の様子

企業にとっては寄付負担の軽減措置と並んで魅力となる、ベネフィットについても、柴田さんに教えてもらいました。
「まず町の公式HPで寄付企業さんを紹介します。また、おかげさまで白糠町は、個人版のふるさと納税でいただいた寄付金額が全国第4位(2021年度)ですので、全国の寄付者の皆様にお届けするパンフレットに、寄付企業さんのロゴや社名を載せることも行っています。あとは、映画のエンドロールにロゴや社名を記載することも予定しています」。

嘉山さんとロケツーリズム推進担当の清野さんによると、劇場公開のチケットや公式グッズなどのプレゼントのほか、アイデアの段階ながら、撮影現場の見学企画も検討中とのことです。

アイヌ文化を忠実に表現するがゆえに苦労するセットづくり

アイヌ三大祭「ししゃも祭り」の様子
(写真)安全操業と豊漁を祈願するアイヌ三大祭「ししゃも祭り」の様子

撮影は、当時のアイヌ民族の暮らしを再現したセットを組んで行う予定ですが、歴史物ならではの課題を、吉田さんが明かしてくれました。
「チセという、アイヌの人たちの家をセットで再現します。チセにはヨシ(またはアシ)という植物を使うのですが、このヨシが現在では希少で、調達に苦労しています。ヨシを刈る作業もたいへんで、秋から春まで作業を続けてもまだまだ足りない状況です」。

「後世に伝えられる、時代考証に沿ったセットをつくり、建設の初期段階から完成までの工程を映像化して、資料として残そうという方向で進めています」というのは嘉山さん。できあがる映像資料は、アイヌ文化を、アイヌの子どもたちを含めた後世の人々に残す、貴重な記録になることでしょう。

すべては映画をきっかけに…

「カムイノミ」の様子
(写真)2022年6月にロケ地で行われた、映画の成功を願い、火の神を通じて自然界の神々に祈りを捧げる「カムイノミ」の様子

オンライン座談会も終盤。映画づくりによって白糠町が得るものを尋ねました。

「映画が、白糠を訪れていただく契機になればいいと思っています。白糠町は、全国的にはまだまだ認知されていません。本州からのアクセスもよく、海も川も山もあって、豊富な日照時間と冷涼な気候という地理的特性をもつ、可能性を秘めた自治体だということを認知していただきたいのです。また白糠町は昔から、アイヌの皆さんと和人が協力してまちづくりを行ってきた歴史があります。白糠町全体がイオルとよばれるアイヌの伝統的生活空間だという考えの下、アイヌと和人が共生してきたまちという認識をもっています。お越しになればきっと、白糠町がイオルであることを実感していただけると思うのです。そこで、今回の映画づくりを機に立ち上げたロケツーリズム推進プロジェクト実行委員会を中心に、イオルを体感・実感できるツアーの開発にも動いています」と柴田さんはいいます。

清野さんは「映画がきっかけで町に来ていただき、白糠の山海からの恵みである豊かな食材を味わってもらう機会になればうれしいです」と、評判の高い町の特産品への関心を期待する町の思いを教えてくれました。個人版ふるさと納税の返礼品として人気の毛ガニやシシャモ、ヤナギダコのほか、エゾ鹿肉や羊肉、生乳を生かしたチーズ。お酒を飲まれる方には、白糠町産の赤しそのみを使用してつくられる、しそ焼酎の代表銘柄・鍛高譚(たんたかたん)を、ぜひ味わって欲しいそうです。

最後は、企業の方へのメッセージを柴田さんが語ってくれました。
「世界的に見ても、今後はエネルギーと食糧の自給率向上が課題になるといわれています。国内で見ると地方、特に北海道が果たすべき役割はますます重要になると考えています。一方で、今まで本州でしかできなかった農作物などの1次産業が、気候変動によって北海道でもできるような環境になっています。もちろん気候変動は懸念すべきことですが、それによる変化をうまく活用して新たにチャレンジしていくことも大事だと考えています。大災害時のバックアップ拠点としての機能を含め、北海道のポテンシャルはとても高いと思います。今回の取り組みにご賛同いただいた企業さんとは、映画プロジェクト以外でも連携していきたいと考えています。まずは映画をきっかけに白糠町のことを知っていただき、できれば一度お越しください。釧路空港から(車で)わずか20分です」。
左から清野圭司さん、吉田昌司さん、柴田智広さん
(写真)「ほたて貝柱」「いくら醤油漬け」「しそ焼酎 鍛高譚」といった白糠町自慢の特産品を手にする、左から清野圭司さん、吉田昌司さん、柴田智広さん(いずれも実行委員会事務局)

ユニークな経緯をたどって始まった映画づくりは、アイヌ文化を広く正しく伝えたいクリエーターの思いと、町の活性化と明るい未来を願い、畑違いの映画づくりに挑む行政の勇気が、見事に融合して進んできたプロジェクトでした。

ただ、道程はまだ半分ほど。完成までには、新たな課題が浮かび上がることもあるはずです。アイヌ文化継承という観点からも価値の高いこのプロジェクトに関心をおもちになったら、ぜひ、熱い支援をご検討ください。

興味をそそられるこの映画は、2024年全国ロードショー予定です。
(オフィス・プレチーゾ 桜岡宏太郎)

(記事リンク)
アイヌ民族をテーマにした映画・XR制作プロジェクト 自然と共生する持続可能な地域社会の形成へ

ウレシパ シラリカ~白糠のアイヌ文化~