学芸員が考える、文化を継承する意味~岡山県瀬戸内市 山鳥毛里帰りプロジェクト~
2022-02-15 08:00:00
備前刀「太刀 無銘一文字(山鳥毛・さんちょうもう)」

刀剣の里として知られる岡山県瀬戸内市は、上杉謙信の愛刀だった国宝の備前刀「太刀 無銘一文字(山鳥毛・さんちょうもう)」(=写真、以下「山鳥毛」)を、様々な寄付による資金で購入したことで話題になりました。5億円の値が付けられた「山鳥毛」は、市内の「備前長船刀剣博物館」の所蔵品となり、公開時には多くの人が見学に訪れました。文化を継承することの意味やその思いを、同博物館学芸員の上野瑞季さんにお話しいただきました。
(聞き手:企業版ふるさと納税コンサルタント 小坪拓也)

多くの人々の思いが結実。国宝山鳥毛の里帰りプロジェクト

刀剣の生産地として知られる瀬戸内市の長船地域。平安時代から江戸時代にかけて、この地域を中心に作られた備前刀は国宝や重要文化財の刀剣類の約4割を占め、質・量ともに、まさに日本一の日本刀生産を誇りましたが、市内には国宝や重要文化財指定の刀剣はほとんど残されていませんでした。そんななか、備前刀の最高峰とされる国宝「山鳥毛」が県外に流出する動きがあり、市ではこれを購入することで生まれ故郷である「備前長船」の地に里帰りさせるためのプロジェクトを立ち上げました。

購入価格は5億円で、これを展示する施設整備費などを入れると必要資金は5億1,309万円。この途方もない金額を、「企業版ふるさと納税」や「(個人版)ふるさと納税を基本としたクラウドファンディング」などの複数の手法を組み合わせて集めることにしました。まちを挙げての様々な寄付募集活動の結果、2020年3月には目標を大きく上回る8億8,000万円超の寄付が集まり、この資金で山鳥毛は瀬戸内市への里帰りを果たしたのです。

不急だけど不要じゃない。文化を後世に伝えるということ

学芸員上野さん(=写真右)と男性の対談の様子
「いま、コロナ禍で様々な行動が制限されるなか、学芸員として伝えたいことや役割などを改めて考え直しました」と話す上野さん(=写真右)。メディアにしばしば登場するようになった「不要不急」という言葉についてもよく考えるようになったといいます。「この言葉が出てきたときに、最初に切り捨てられたのが演劇や芝居などのエンターテインメントです。博物館も、いま本当に必要なのかいう問いのなかで、優先度が下げられることもありました」と続けます。文化や文化財について考えたとき、「不急だけど不要じゃない」という結論に達したといいます。

今回、山鳥毛は多くの人々の思いに支えられて「備前長船刀剣博物館」に迎えられました。「もし、日本に作刀の職人がひとりもいなくなってしまったら、数百年後の人が山鳥毛を見たときにこれが何なのかわからないというところから始まる訳です。作り方もわからないから推察するしかない訳で、実際に各地に残されている民具などではこうしたよくわからないものがたくさんあります」と上野さん。「わからなかった」で終わってしまうとそこで忘れ去られてしまうので、確かに存在した文化が「なかったこと」と同じになってしまうといいます。「これはすごくもったいないことですよね」。

「昔の人の生活がわかったところで何かが大きく変わる訳ではない」と前置きした上で、「それでも、少しだけ社会の見方が変わったり、何か新しいアイデアが出てきたり、心のもち方が変わったりするかもしれない。なにかプラスになることが必ずあるはずで、そういうところが大事なんだと思います」。

モノも技術も文献もある。全てが残っているからこそ保存が必要

作刀の様子
「刀剣文化のおもしろいところは、作刀という文化が時代の変遷のなかで形を変えながら、それでもモノとして残っていて、職人さんの技術も受け継がれていて、文献としても残っているところです。もう全部揃っている。それが稀有な例だなと思います」と上野さん。実際、すでに作り手がいない文化を研究している仲間からは、職人から直接、話を聞けることをうらやましがられることも多いといいます。「作り手がいない文化の研究は、作っている人の視点がないため、本質まで迫るのが難しい。そういう意味では、職人がモノを作り続けていける環境も大切なんだと思います」。

文化の価値を正しく伝えること。学芸員の責任と役割を果たしたい

職人の作品作りの様子
山鳥毛を所蔵する備前長船刀剣博物館には、博物館だけでなく、塗師や刀身彫刻の職人が作品作りをしている「備前長船刀剣工房」や、刀鍛冶が作刀する「備前長船鍛刀場」などが併設されています。「メディアなどで刀剣の露出が増えているなかでこの博物館が注目されているのは、作っている人の目線があるからだと思います」と話す上野さん。「職人さんと話をしていると、作り手だからこそわかる話が聞けて本当に楽しい。こうしたことを発信することでもっと多くの人に興味をもっていただいて、多くの人に刀を見てもらうのが我々学芸員の責務ではないかと。その結果、刀剣ってすごいよね、文化財って大事だよねって思う人がひとりでも増えてくれれば、それが文化を守る動きにつながっていくのだと思います」。

山鳥毛の里帰りは、「不急だけど不要じゃない」文化の価値を多くの人に理解してもらい、寄付という手法をとることで、まちに留めることに成功した例といえます。こうした、文化を守る取り組みは全国の自治体にも見られますが、その価値をいかに広く正しく伝えられるか、いかに多くの共感者を得られるかが、事業成功の鍵になりそうです。

最後に学芸員の役割について改めて聞いてみました。「この博物館の主役は、刀剣などの文化財と、刀剣に携わる職人さんです。学芸員は、それらが輝くように引き立てる黒子(くろこ)の役割。文化を展示という形で表現して、その価値を正しく伝えつないでいくのが私の仕事ですね」と、上野さんは笑顔で話してくれました。
(日下智幸)


瀬戸内市では、この国宝「山鳥毛」を核に、日本刀文化の情報発信や人材育成などに取り組んでいます。この取り組みを一層広げ、刀剣の里を盛り上げるため「山鳥毛里づくりプロジェクト」として、様々なプランを構想しています。
「山鳥毛里づくりプロジェクト」