【大臣表彰に選ばれるには理由がある!自治体編(人材派遣型)】令和3年度受賞 岡山県真庭市徹底取材
2022-07-08 08:00:00
東京2020オリンピック関連施設

岡山県真庭市は、『「里山資本主義」真庭の挑戦&企業版ふるさと納税(人材派遣型)の活用』事業により、「令和3年度地方創生応援税制(企業版ふるさと納税)に係る大臣表彰」を受賞しています。

それは、真庭市産の資材を使って東京都に建てられた、東京2020オリンピック関連施設を真庭市に里帰りさせ、持続可能な循環型社会の実現を世界に発信する『「里山資本主義」真庭の挑戦』事業と、企業版ふるさと納税人材派遣型の取り組みを全国で初めて導入し、専門家の発想や知見、ネットワークを活用して観光業を活性化する『企業版ふるさと納税(人材派遣型)の活用』が評価されての受賞でした。

大臣表彰受賞事業はどのように発案され、どんな過程を経て実行に移されたのか。その裏側にはどんな思いが込められているのか。自治体にとっても、寄付を検討する企業にとっても気になるところを、真庭市の担当者に伺いました。

ご登場いただいたのは、真庭市総合政策課上級主事の鈴木貴雅さんと、産業政策課参事の長須久美子さん。企業版ふるさと納税人材派遣型はもとより、官民の連携・協働を検討する多くの自治体や企業にとって、とても参考となるお話となりました。

“東京2020オリンピック”をきっかけに始まった事業

長須さん(=写真左)鈴木さん(=写真右)
初めに、鈴木さん(=写真右)が、『「里山資本主義」真庭の挑戦』事業の概略を説明してくれました。
「真庭市は、CLTとよばれる建築や土木、家具などに使用する集成材(直交集成板)の代表的な生産地です。この真庭産のCLTを活用して、建築家の隈研吾氏が設計・監修した東京2020オリンピックの関連施設を東京晴海に建築し、その後真庭市の蒜山高原に移築し里帰りさせる事業で、持続可能な循環型社会を世界に発信する観光文化発信拠点GREENable HIRUZEN(グリーナブルヒルゼン)として活用するものです」。

詳しい経緯については、長須さん(=写真左)が教えてくれました。

「隈氏は、もともとCLTを普及させたい、CLTを使う建築を世界に発信したいとお考えだったようです。そこに東京2020オリンピック施設建設の話がもち上がり、CLTを使おうとお考えになった時、国内ではCLTの先駆者ともいえる真庭市の事業者からCLTを調達する設計が始まったわけです。一方で、(2020年に開催される予定だった)オリンピック終了の段階でこの建築物は壊され、使用されたCLTも廃材になってしまうのが当初の予定でした。しかし、世界的な建築家であり新しい国立競技場も手がけられた隈氏の作品を解体してしまうのはもったいないという声が、いろいろなところから上がったと聞いています。そこで、材料となるCLTの誕生場所であり、SDGs未来都市でもある真庭市が手を挙げて、サステナブル的な考え方のもと、真庭に移築することになったというのが、この建物を巡る物語です」。

ところで、里帰りした隈研吾氏の作品はいま、どんな使われ方をしているのでしょうか。
GREENable HIRUZEN
「市内の蒜山高原に移築し、真庭市の観光文化の発信拠点であるGREENable HIRUZENとして活用しています」。

長須さんがいうGREENable HIRUZENは、「パビリオン風の葉」「蒜山ミュージアム(写真)」「ビジターセンターショップ」と「サイクリングセンター」で構成される複合施設。東京2020オリンピックのためにつくられた隈氏の建造物が、中国地方を代表する高原リゾートに独自の空間をつくり出している様子が、写真からもよく判ります。

「蒜山ミュージアムではこれまでに、隈氏の作品展や現代アートの展示を行っています。またビジターセンターショップでは、ペットボトルを再利用したTシャツや、使われなくなったジーンズを再利用した製品、廃棄野菜の色素を染料に使ったバッグなど、サステナブルな発想でつくられ、エシカル消費(※)にふさわしい商品を販売しています。蒜山の地に来る際、隈氏に新しく設計していただいた建物が一棟だけあります。それがサイクリングセンターで、屋根の軒の部分には、蒜山に自生する茅(かや)を使った、観光客の皆さんに、蒜山を感じていただけるような特徴的なデザインになっています」。

※エシカル消費とは、倫理的という意味のエシカルに消費を組み合わせた言葉で、「地域の活性化や雇用なども含む、人や社会、環境に配慮した消費行動」のことです。(消費者庁公式サイトより)

真庭に生きる、木を使い切る文化

放牧されているジャージー牛
(写真)蒜山高原では、ジャージー牛が放牧されている様子が楽しめる

建物からサステナブルファッションまで。地元にあるモノを活用して、それをイキイキと輝かせてみせる活動は動き始めていると、長須さんはいいます。

「もともと真庭には、伐採した木は使いきるという考えや意識があります。いま頻繁にいわれている、里山資本主義(※)という理念に極めて近い考えを、人々がずっと実践してきたまちなのです。今回の隈氏の建造物の里帰り事業も、この意識の延長線上にある計画といえます。さらに、伐採した木を余すところなく使うため、バイオマス発電所もすでに稼働しているのです」。

真庭市では、これまであまり価値がないと考えられてきたモノを資源に変え、資源とお金を地域のなかで循環させていく、“回る経済”にも取り組んでいます。

「今回の移築は、本来なら燃やされなくなってしまうはずの建材をもう一度利用することで、再び息を吹き返し、価値のあるモノに生まれ変わったと考えています。この移築という考え方は、どちらかというとリユース的だと思いますが、そういう考え方も真庭市にはあることを、発信できたと思っています」。

※里山資本主義とは、地域のなかにある身近な環境・自然に価値を見いだし、例え経済的に乏しくなっても、水や食料、燃料などの資源が循環して、人々が手に入れることができる、持続可能な社会の仕組みと理念を表す言葉です。(株)日本総合研究所 主席研究員・藻谷浩介氏とNHK広島取材班の共著『里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く』(角川新書)のなかで、初めて提唱されました。

人材派遣型に挑んだワケ

蒜山高原自慢の満天の星空
(写真)蒜山高原自慢の満天の星空を求めてやって来る観光客も多い

では、もうひとつの事業、人材派遣型の仕組みを活用するに至った経緯はどのようなものだったのでしょうか。長須さんが答えてくれます。

「観光と文化の発信拠点施設としてGREENable HIRUZENを建てたあと、これを活用して観光関連の事業をさらに広げていく方法を考えました。その結果、やはり専門性の高い方のお知恵やネットワークが必要だということになり、岡山市に本社を置き蒜山高原に観光施設をもっていらっしゃる、観光業から運輸・旅客業、物流業、航空業など様々な業種の会社を経営されている両備ホールディングス株式会社(以下、両備HD)さんが最適であろうということで、同社と企業版ふるさと納税人材派遣型を使った人材派遣についての話し合いを進めました」。

そして、民間の視点とネットワークという新しい力が、真庭市に加わります。

「両備HDさんからは中原伸介さんが、2021年4月から2023年3月までの予定で当市に派遣されています」。

長須さんは、さらに寄付の流れについて説明してくれました。

「企業版ふるさと納税の人材派遣型はよくできた仕組みだと思います。両備HDさんは、中原さんに毎月お給料として支払っている金額をそのまま、真庭市に寄付します。市はそれをご本人にお支払いすることになるため負担はほぼゼロ。企業さんは人材の派遣と人件費を負担されることになります。一方で、寄付をした企業は法人関係税から税額控除できるということもあって、両備HDさんとしても金銭的な負担は少なく抑えられるのです。互いにWin-Winな関係で動かしていけるからこそ、事業がうまく進むのだと思います」。

有能な人材の活躍

爽快な蒜山高原のサイクリング
(写真)爽快な蒜山高原のサイクリングは、いま大人気のアクティビティ

ところで、両備HDから派遣された中原伸介さんは、真庭市ではどのような仕事をされているのか、長須さんに尋ねてみました。

「新しい観光施設ができた際には、やはりそれに見合った誘客が必要です。中原さんは、観光ツアーなどの商品づくりもたくさん手がけていらっしゃいますし、お付き合いも多方面にわたる方で、県内にとどまらず広く営業先をもっておられました。あらゆる点から広く誘客できるという期待をもっておりましたが、もう本当に期待通りでして…。滞在型の旅行商品の開発や観光バスなどを使ったツアーの造成などでも尽力いただいています。中原さんははじめ、市の観光を担当する産業政策課に籍を置き、一般社団法人真庭観光局で産業政策課の思いを商品にしてもらっています」。

コネクションを活かした販売ルートの開拓、巧みな旅行商品のつくり方などに能力を存分に発揮する中原氏。長須さんいわく「褒めすぎなようですが、本当にいいことずくめです」という人材派遣の効果は、中原氏が着任する前と比べて売上が25%もアップしたことにも現れています。

なぜ大臣表彰に輝いたのか

オンラインで開催された「令和3年度地方創生応援税制(企業版ふるさと納税)に係る大臣表彰
(写真)オンラインで開催された「令和3年度地方創生応援税制(企業版ふるさと納税)に係る大臣表彰」の際の、太田昇市長と野田聖子内閣府特命担当大臣(地方創生)

大臣表彰を受賞した理由について、市はどう捉えているのでしょうか。
「大臣表彰を受けた理由は、地方創生という観点からの評価だと思っています。もともと真庭市が行っている里山資本主義、回る経済というものが、地方創生のあり方として国からも認められている、注目されているという結果だと思っています」。

長須さんはさらに補足の説明をしてくれました。

「GREENable HIRUZENを移築する際には、晴海地区でつくった際の建築施工業者にあたる三菱地所株式会社さんからも、多額な寄付をいただいておりますし、真庭市で建築する際には、三菱地所株式会社さんの力もお借りしながら、地元業者が施工を担当し移築を完成させています。このあたりの、東京と岡山を結んだ取り組みも、国から評価されたと思っています」。

また、人材派遣型利用が表彰されたことについての考察は次のようなものです。
「移築した建物をGREENable HIRUZENという観光施設として行政だけで管理していても、たぶん良いことにならないと思うのです。それを、外部の方の視点を取り入れようと決めた。この真庭市が決断をしたタイミングと、企業版ふるさと納税人材派遣型という仕組みが実施されることになったタイミングがぴったり合ったところも、二段構え的に良かったと思っています」。

この人材派遣型については、さらなる広がりも始まっていました。

「実は両備HDさんからの中原さんの派遣とは別に、内閣府の地域活性化起業人という仕組みを利用して、大阪の株式会社阪急阪神百貨店(以下、阪急阪神百貨店)からも社員さんを派遣していただいているのです。ビジターセンターショップを立ち上げる際、役所には販売などに詳しい者はおりませんでしたので、阪急阪神百貨店から販売の専門家をお呼びして、地域活性化起業人としてこのショップの運営のノウハウをいただいています」。

資源になるものを見つけ出す仕組み

GREENable HIRUZENのために隈研吾氏が設計したサイクリングセンター
(cap)GREENable HIRUZENのために隈研吾氏が設計したサイクリングセンターには、茅を現代風に活用したデザインが見られる

木を使いきるという発想から真庭市に里帰りしたGREENable HIRUZENという施設を中心に、いまや人やモノが次々とつながり、さらにそこから次の広がりが展開されているようです。

このことを長須さんが説明してくれます。

「おそらく、真庭に存在する自然それ自体に、“可能性があるモノ”が多いのだと考えています。例えば茅にしても、以前は地元民家の屋根を直すために地域に自生する茅を使っていました。しかし時代が変わり、いまはこの茅が貴重な存在となり、高価な値段で売れるようになっています。この茅のように、地域にある“資源”を世に発信して行くことで、共感してくださる人がたくさんいて、新しい商品に結びついたりする。そんなモノ、と片付けてしまったらそれで終わってしまうモノでも、発信の仕方を変えることで新たな価値が与えられ、また別の存在に変わっていく。そういう可能性をもったモノが、たくさん存在している地域だというふうに認識しています。そういった市にもともとある地域資源をいかに発掘して、価値を上げていくかを考えたとき、GREENable HIRUZENが建ったことで、より一層表現しやすくなった、発信した時に皆さんのところにちゃんと届くようになったのだろうと解釈をしています」。

新たな資源になるモノの見つけ方、気づき方も非常に巧みだと感じられます。

「毎日暮らしていると、その地域の良さや価値というものは、当たり前すぎて見えてこないことも多いはずです。やはりそこに気づいてくれるのは、外から見てくださる人でしょう。そういう方々が、私たちの気づいていない地域資源を認めて、その魅力をまず地元から伝えてくれて、それをお互いが共有し理解してカタチにして、価値を高めて発信していくということが、この地域では行われてきたと思います。そういう土壌が以前からある地域だと感じています。じつは阪急阪神百貨店さんも、地域活性化起業人でつながりができたのではなく、以前から蒜山にはこんなに価値があるねと、いろいろ見いだしてくださる方が阪急阪神百貨店さんにいらして、むしろその関係から地域活性化起業人の活用が決まったのですよ」。

一方で、外部から見てくれる人が感じたことをかたちにしやすい仕組みは、かなり以前から用意されていたようです。長須さんが教えてくれます。

「真庭市役所は市の中心部にあり、そこには多くの職員が勤めておりますが、真庭市は岡山県下で最大の面積をもつ広い自治体のため、各地域に以前の町村役場(※)を引き継ぐ振興局が置かれています。そこには地域振興主管という、地域資源を広く活用する意欲をもった職員がそれぞれに配置されています。この地域振興主管が、市外から来る人と地域の人をつなげていく活動を行っているのです。これにより、例えば市外の企業の方が来られたときでも、最初にどこに行けば良いかというところを明確にお伝えできるわけです。これが、市外の方々とつながりやすい土壌ができているポイントだと思います」。

※2005年に5町4村が合併して今の真庭市が誕生しました。
「パビリオン風の葉」と屋外スペース
(写真)市民からの意見を採り入れ、今後ますます用途が広がりそうな「パビリオン風の葉」と屋外スペース

様々な視点を受け容れ、活かす姿勢は、市外だけではなく、市民からの意見にも反映されやすくしていることも、長須さんが明かしてくれます。

「GREENable HIRUZENは一周年を迎えたところですが、最近になって事業者さんなどから、活用方法についてのお声が増えてきています。例えば、2022年5月20日には、GREENable HIRUZENで結婚式が行われました。建物の中ではなく屋外スペースを使ったウェディングですね。都会的要素が強い建物なので、結婚式をしてもカッコいいのです。こういう、行政からの提案ではない、真庭観光局に関係している市民の方々や、事業者さんからの提案がもち上がってきたことは大きいと考えています。いま、流行のマルシェを開催したいという動きもあって。新たな使い方を皆さんが楽しんで産み出してくれていることがうれしいですし、次のステップに移行したいなと感じています。これからも、皆さんに愛される施設としたい、していけるんだろうなというイメージはあります」。

インタビューの最後に、ほかの自治体や企業へ向けて、企業版ふるさと納税を使うにあたってのアドバイスを、鈴木さんからいただきました。

「企業版ふるさと納税人材派遣型を活用するにあたっては、双方にメリットがあって、双方が納得できるよう、協議をしっかり積み重ねています。今回のケースであれば、地域活性化起業人制度とどちらが適しているかどうかを含め検討しています。あとは、派遣される人材の地方公務員としての身分をどうするかということが重要な点です。今回のケースでは関係例規の改正が必要となりましたが、勤務時間や給与・年金の関係を考慮した結果、パートタイム会計年度任用職員として任用しています。任用までの流れを見ると、2020年の12月ごろから任免関係の内部協議を始め、2021年1月には弁護士を交えての法制度に関する協議、派遣元企業との協議、条例案の上程準備をしています。2月に規則などの改善に向けた内部協議、議会での概要説明、条例案と予算案の上程、人材の登用・配置についての報道発表を行い、3月議会の議決後に人事交流協定の締結を行って、4月から従事開始という流れで進めています。この流れを参考に、検討していただければと思います」。

最後に長須さんは、民間の人材を受け入れることの意味を語ってくれました。

「いままではいなかった民間の方を受け入れるということは、言葉は適切じゃないかもしれませんが、ちょっと異業種の人がいるみたいな、そんな感じは起きるかも知れません。それでもなぜ、民間視点が必要なのかというところを考え、よく理解した上で、進めていくことが重要だと思いますね。本当に、民間の方の実力、素晴らしいところがわかりますし、反対に民間から見た時、行政の考え方はとても勉強になるというお言葉もいただいていますので、互いに良好な関係で、発展的な取り組みにつなげていただければ良いと思います」。


お話を伺って感じることは、変化をおそれないことと、自分たちにない視点や考えを理解し、受け入れることの重要性です。そうして大きく構えることで、人がつながり、モノがつながり、当事者たちが想像していた以上の動きに発展していくことを、真庭市の『「里山資本主義」真庭の挑戦』と『企業版ふるさと納税(人材派遣型)の活用』プロジェクトは教えてくれているようでした。
(オフィス・プレチーゾ 桜岡宏太郎)

GREENable HIRUZEN 公式サイト

真庭観光局公式サイト